2016年10月 第四週
10月16日(日)
朝起きて、近くのローソンにてサンドウィッチにホットコーヒーを買い先ずは腹ごしらえ。ヨシッと気合を込め0800-1200 迄80問の問題集を解く、2度繰り返すと9割程の正解率。ホッ、こりゃあ本番でも?。
金曜から始まっている「タイムスリビングショー」が今日迄。
ブラッキーの食事と〇〇〇の世話が気になり会社へ。吠えるブラッキーに食事、そして散歩。
日曜なのでゴミを外に出す。雑務を片付け1400会社を出て、試験会場サンパレス球陽館(久茂地)へ。
1500 会場に入り1515-1635(80分)。2級医療経営士(専門分野)の試験だ。50問を80分で解かねばならない。昨日、今日と過去問を解いて、ひょっとしたらと思ったらとんでもない!こりゃダメだ。小生の合格率18%だなァ。しかし、仕事やら、直前には母親の世話やら、神様が見ているなら合格させて欲しいヨ、ホント。
医療経営士の1科目「一般」は勉強もせずに昨年の12月に1発で合格したが、「専門」は6月と今回の受験で2度目。まぁ、ウンザリする内容ですヨ、専門外ですから。
10月17日(月)
夕方、病院に行く。母親は寝ていたが、声をかけると眼を開け返事をする。しばらく待っていると、空港からの道が渋滞していてと…次姉(藤沢市)がやって来た。ヤレヤレ これで気が楽だ。何しろ先週の木曜日から病院と会社の往復だ。入院手続きや手術をする署名やら、しなくなりの署名やら…。
しかし、ビジネスホテルがどこも満室で従妹の家に泊めて貰う事になったと…。
10月18日(火)
1115-1200 介護事業計画(案)をK銀行の支店長に説明。M支店長、フムフム…成程…。
10月19日(水)
0845 病院の6階の母親の部屋に着くと、姉が既に居て、朝ご飯を食べさせている。小生にはそれは難しい。
0900 整形外科の主治医の若いO先生が、今迄の経過と今後の治療方針を説明する。小生が署名後急いで会社に戻る。10時から1時間毎に相談会。遠くは本部町の介護事業者が16時に来社する予定であったが、スタッフが急に2名休んだのでとキャンセル。それでも弊社の女性スタッフが一生懸命に電話でアポを取ってくれたので3時まで相談会が続く。
その後、F総研のN氏と対策会議。反省会はレストランジミーで。N氏は19時過ぎの便で東京へ。
10月20日(木)
0710 出社。1000U様来社、設計プランDをご説明。その後に数ヶ所、弊社の設計・施工の建物をご案内。
1245 帰社。
1700の少し前那覇市役所に着いた。
母が入院中だが、次姉も藤沢に戻り、母親の世話は施設にお願したいのでしたいのでと姉から申し出があったので3月下旬に若狭の施設に頼むことにした。姉も9月迄は藤沢から頻繁に母親の様子を見に来たので、小禄の市営住宅はそのままにしてあったが、それを9月に退去。
郵便物とかもあるので、住民票を小生の自宅に移す手続きを姉が行った。
さて、住民票の上では、所得がある小生と同居なので入院費用の限度額制限は、対象外だと言う。
市役所1階の窓口12番に行くと若い男、そしてオバさんが対応しラチがあかないので、「苦情申し立て」の書類はないのかと聞くと、未だ20代の若い女性が私は正職員ですと現れる。先程の二人は外部に委託している会社の者だと。
結論は、行政は住民票で全て判断すると。現実を直視しない、お役所仕事だ。
オナガ君が、共産党支配の那覇市役所にひとり乗り込み「市役所は市民への最大のサービス産業である。」を旗印に改革していったが、今は「オール沖縄」の元、共産党支配の市役所に逆戻りしたのか!?結局、母親の転出・転入届けを再度やり直し。手続きは6時迄開いているとの事。それは良いことだ。
若い女性(こちらも民間への外注)だが、何か手間取っている。
1730過ぎに、一人の女性がカウンターの前に座り、小生をニコッと見つめる。覚えていマス?30秒程ジッと見詰め、思い出した。ワタシが責任者デス。ヒガさん、事情は分かりました。お任せ下さい…と。
18時を少し過ぎて、彼女が全て処理してくれ、どうぞご安心下さいと。
あらマー。市民の為の市役所の職員の見本だ。民間だけど…。
10月21日(金)
1020JTA発福岡空港1205着。
博多駅から新幹線で1411徳山駅着の予定で、そろそろ徳山着と車内アナウンスが流れた。
するとトンネルの中で一瞬、真っ暗。非常灯が点き、アナウンスで地震の為停まりましたと…。
鳥取で震度6の地震があったと、徳山の藤中氏よりメールが入る。
待つこと15分。新幹線が動いた。
徳山駅で降り、ホテルサンルート徳山に入ると藤中さんが、オーッと笑う。
部屋に荷物を置き、1530受付、1600藤中社長の会社の「経営発展計画発表会」。
2~3ヶ月前に船井総研(東京)で30年ぶりにバッたりと会った。
その後メールで久しぶりに発表会をやるので是非出席して欲しいとの要望に快諾。
2000懇親会も終わり、藤中氏と彼の古くからの知人と二次会へ。
10月22日(土)
朝0830徳山を新幹線で出て博多駅から福岡空港には10時前着。
時間がたっぷりあるのでipadで日経を読み、原稿書き、企画書作成。
1245福岡発のJTAが10分以上遅れるとのこと。
理由は乗務員の手配の為遅れると。
何をバカな!
身勝手もハナハダしい。
1730八汐荘(松尾)に着くと既に大勢の同級生が集まっている。ヤア、ヤア、ヤアと挨拶をかわすが、男も女も見覚えが無い程、分からない者が結構居る。那覇高校22期の同期会である。オリンピックの年に開くのだが、今回の出席は何と170余名!
クラス50名の16クラスで800名の同期生。21%の出席率というより170名も集まった事が凄い。
3年16組の翁長知事に城間那覇市長は記念撮影をせがまれていた。
小生、あちらこちらから、おーい、ブラック!白くなり分らんとか、アンタ、何でこんなに若いの?肌艶は何かしてるの?イエイエ…。
朝起きて、近くのローソンにてサンドウィッチにホットコーヒーを買い先ずは腹ごしらえ。ヨシッと気合を込め0800-1200 迄80問の問題集を解く、2度繰り返すと9割程の正解率。ホッ、こりゃあ本番でも?。
金曜から始まっている「タイムスリビングショー」が今日迄。
ブラッキーの食事と〇〇〇の世話が気になり会社へ。吠えるブラッキーに食事、そして散歩。
日曜なのでゴミを外に出す。雑務を片付け1400会社を出て、試験会場サンパレス球陽館(久茂地)へ。
1500 会場に入り1515-1635(80分)。2級医療経営士(専門分野)の試験だ。50問を80分で解かねばならない。昨日、今日と過去問を解いて、ひょっとしたらと思ったらとんでもない!こりゃダメだ。小生の合格率18%だなァ。しかし、仕事やら、直前には母親の世話やら、神様が見ているなら合格させて欲しいヨ、ホント。
医療経営士の1科目「一般」は勉強もせずに昨年の12月に1発で合格したが、「専門」は6月と今回の受験で2度目。まぁ、ウンザリする内容ですヨ、専門外ですから。
10月17日(月)
夕方、病院に行く。母親は寝ていたが、声をかけると眼を開け返事をする。しばらく待っていると、空港からの道が渋滞していてと…次姉(藤沢市)がやって来た。ヤレヤレ これで気が楽だ。何しろ先週の木曜日から病院と会社の往復だ。入院手続きや手術をする署名やら、しなくなりの署名やら…。
しかし、ビジネスホテルがどこも満室で従妹の家に泊めて貰う事になったと…。
10月18日(火)
1115-1200 介護事業計画(案)をK銀行の支店長に説明。M支店長、フムフム…成程…。
10月19日(水)
0845 病院の6階の母親の部屋に着くと、姉が既に居て、朝ご飯を食べさせている。小生にはそれは難しい。
0900 整形外科の主治医の若いO先生が、今迄の経過と今後の治療方針を説明する。小生が署名後急いで会社に戻る。10時から1時間毎に相談会。遠くは本部町の介護事業者が16時に来社する予定であったが、スタッフが急に2名休んだのでとキャンセル。それでも弊社の女性スタッフが一生懸命に電話でアポを取ってくれたので3時まで相談会が続く。
その後、F総研のN氏と対策会議。反省会はレストランジミーで。N氏は19時過ぎの便で東京へ。
10月20日(木)
0710 出社。1000U様来社、設計プランDをご説明。その後に数ヶ所、弊社の設計・施工の建物をご案内。
1245 帰社。
1700の少し前那覇市役所に着いた。
母が入院中だが、次姉も藤沢に戻り、母親の世話は施設にお願したいのでしたいのでと姉から申し出があったので3月下旬に若狭の施設に頼むことにした。姉も9月迄は藤沢から頻繁に母親の様子を見に来たので、小禄の市営住宅はそのままにしてあったが、それを9月に退去。
郵便物とかもあるので、住民票を小生の自宅に移す手続きを姉が行った。
さて、住民票の上では、所得がある小生と同居なので入院費用の限度額制限は、対象外だと言う。
市役所1階の窓口12番に行くと若い男、そしてオバさんが対応しラチがあかないので、「苦情申し立て」の書類はないのかと聞くと、未だ20代の若い女性が私は正職員ですと現れる。先程の二人は外部に委託している会社の者だと。
結論は、行政は住民票で全て判断すると。現実を直視しない、お役所仕事だ。
オナガ君が、共産党支配の那覇市役所にひとり乗り込み「市役所は市民への最大のサービス産業である。」を旗印に改革していったが、今は「オール沖縄」の元、共産党支配の市役所に逆戻りしたのか!?結局、母親の転出・転入届けを再度やり直し。手続きは6時迄開いているとの事。それは良いことだ。
若い女性(こちらも民間への外注)だが、何か手間取っている。
1730過ぎに、一人の女性がカウンターの前に座り、小生をニコッと見つめる。覚えていマス?30秒程ジッと見詰め、思い出した。ワタシが責任者デス。ヒガさん、事情は分かりました。お任せ下さい…と。
18時を少し過ぎて、彼女が全て処理してくれ、どうぞご安心下さいと。
あらマー。市民の為の市役所の職員の見本だ。民間だけど…。
10月21日(金)
1020JTA発福岡空港1205着。
博多駅から新幹線で1411徳山駅着の予定で、そろそろ徳山着と車内アナウンスが流れた。
するとトンネルの中で一瞬、真っ暗。非常灯が点き、アナウンスで地震の為停まりましたと…。
鳥取で震度6の地震があったと、徳山の藤中氏よりメールが入る。
待つこと15分。新幹線が動いた。
徳山駅で降り、ホテルサンルート徳山に入ると藤中さんが、オーッと笑う。
部屋に荷物を置き、1530受付、1600藤中社長の会社の「経営発展計画発表会」。
2~3ヶ月前に船井総研(東京)で30年ぶりにバッたりと会った。
その後メールで久しぶりに発表会をやるので是非出席して欲しいとの要望に快諾。
2000懇親会も終わり、藤中氏と彼の古くからの知人と二次会へ。
10月22日(土)
朝0830徳山を新幹線で出て博多駅から福岡空港には10時前着。
時間がたっぷりあるのでipadで日経を読み、原稿書き、企画書作成。
1245福岡発のJTAが10分以上遅れるとのこと。
理由は乗務員の手配の為遅れると。
何をバカな!
身勝手もハナハダしい。
1730八汐荘(松尾)に着くと既に大勢の同級生が集まっている。ヤア、ヤア、ヤアと挨拶をかわすが、男も女も見覚えが無い程、分からない者が結構居る。那覇高校22期の同期会である。オリンピックの年に開くのだが、今回の出席は何と170余名!
クラス50名の16クラスで800名の同期生。21%の出席率というより170名も集まった事が凄い。
3年16組の翁長知事に城間那覇市長は記念撮影をせがまれていた。
小生、あちらこちらから、おーい、ブラック!白くなり分らんとか、アンタ、何でこんなに若いの?肌艶は何かしてるの?イエイエ…。
2016年10月22日 11:00